La sabbia d'argento ~銀の砂~

我が道を行くレイチェルのスピリチュアルな日々



現在、2017年7月までのセッションご予約受付中です。

7月は遠隔ならびにSkypeのみの受付となります。


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旅人が宿で疲れた体を休めてから、

また旅に出るように。


私たちにも、

ほっと一息ついて、

考える時間が必要な時があります。



La sabbia d'argentoでは、

そんな想いのもと

「あなたがあなたらしく生きる」ための

スピリチュアルセッションを提供しています。


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パラレルワールド

同じ場所に色とりどりの花が咲くように、それぞれの時代ごとの魂が留まって
当時の姿を映している様を視ることがある。

そんな場所に遭遇するのは、たいてい歴史ある場所とか、古い家や街とかが多い。

たとえば、こっちの人は明治時代っぽいけど、あっちは昭和初期、
そしてここは江戸時代?、向こうは戦国時代に平安時代かなという感じ。

私の経験では、それぞれの時代の魂がお互いを認識していることは稀で、
パラレルワールドのような感じで存在しているようだ。
時が止まったままの空間が地層のように幾重にも重なっている。

魂や霊が留まっているからといって、それらのすべてが悪というわけではない。

とはいえ、私たちはイメージやレッテルに惑わされがちだから、
怖いと思ってしまうのも仕方のないことかもしれない。
私たちを見守っている魂や霊もいるんだけどなぁ。
だから、むやみやたらに恐れるのは何か違う気がする。
お互いに交じり合わない点と点がそこにあるだけなら影響はないはず。
空気が自分の周りにあることを怖いと思わないように。
自分に対して脅威ではないと分かれば怖いとは思わないかもしれない。

恐怖心というものは、霊が視える視えないに関係なくあるだろうし
同情は禁物だから積極的に関わることは必要ないと思う。

ただ、すべてを一緒くたにして怖い怖いと思うのはどうかなと。
たとえば、もし私が死んだ後、理由もなく霊というだけで怖がられたら
意地悪したくなるかも、なんて考えてみた。
それもどうかと思うけど、そこにいる魂や霊も誰かの子や親であり
大切な存在だった人たちなのだ。

身内や大切に思う人にとっては愛すべき存在であっても、
他人にとっては怖い存在になりえるということも分かるから難しくもあるけれど、
恐怖の対象の霊とは切り離して、別の魂や霊もいるってことを
心の片隅にでも置いてもらえれば敬う心も芽生えるだろうか。

生きている人にとって死は死でしかないが、魂にとっては死は終わりであり、始まりである。

そして、私もあなたもいつか魂や霊という存在になる日は来るのだ。

普段、死について考える機会なんてそうそうないだろうが、
生きていることが当たり前ではなくて本当に貴重な時間なんだよと、
私にもとにやってくる魂や霊たちは諭して行く。


ずっと止まっていた彼らの時もいつか動き出し、

私たちの時がそこに折り重なっていく。



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